Thomas Ruff / NATURE MORTE

Added on by Yusuke Nakajima.

16世紀にはすでにカメラ・オブスキュラの技法が生まれていたようですが、実際には19世紀にカメラ機器の技術が確立され、これが写真の黎明期にあたります。やがて20世紀には多くの写真家の手によって名作が生まれ、文化的にも大きく花開きます。21世紀に入るとデジタルカメラが普及し、かねてより主流であったフィルムカメラに代わって台頭するようになりました。今まさに、写真は新たな岐路に立っています。

Thomas Ruff(トーマス・ルフ、1958年 ドイツ/ツェル・アム・ハルマースバッハ生まれ)は、彼の師でもあるベッヒャー夫妻を筆頭とするドイツ現代写真の潮流を牽引する代表的な写真家で、写真というメディウムを芸術表現の主流へと導いた立役者です。彼の功績は、その作品が世界中の主要な美術館に収蔵されていること(*1)や各地で大規模な展覧会が繰り返し開催されていることからも窺い知ることができます。

代表作としては、自らが友人たちを被写体に撮影した無表情のポートレイト写真シリーズを鑑賞者の背丈を超える巨大サイズに出力して展示した「Portraits」、インターネット上にあるポルノ画像を加工した「NUDES」、研究所の撮影した天体写真のアーカイブをもとにした「Stars」、NASAの偵察カメラが撮影した火星の表面を撮影した写真を3D仕様にした「Ma.r.s」といったシリーズがあり、どれも斬新なアプローチで話題を呼んでいます。

一方で、より高みの写真表現を追求するために、伝統的な技法を再検討しています。近年は、写真のネガにまつわる視覚的で示唆に富む特性がつまったフォトグラム(*2)にも取り組むようになりました。おぼろげな影・球体・ジグザグ・豊かな色彩の背景の前にあらわれるハード・エッジというように、ポジとネガのイメージを巧みに用いた表現を通じて、写真の新たな魅力を創出することに邁進しています。

作風は異なれど、いずれも「客観性」というのが主軸となってきます。

本書では、2015年にガゴシアン・ロンドンで開催された展覧会で発表された作品シリーズを収録しています。まるで彫刻作品を染色するかのように色を反転させることによって、被写体である植物の形状や特徴が際立ちます。ユリの花を生けた花瓶は、白いシルエットを極力減らすことで煙がたちこめるようにもみえます。また、グレイトーンに落とし込まれたしなだれたアジサイは、その豊かなふくらみが視界に飛び込んできます。

自身が撮影をしないという衝撃な選択をする以前は、ルフも同年代の写真家と同様に、ネガフィルムを使って撮影していたひとりでした。25年以上にわたって愛用していたネガフィルムが時代の流れとともに淘汰されほぼ消滅したとき、彼はただ絶望するのではなく、写真を再概念化してみようという発想の転換に至りました。持ち前の探究心が、彼の作品を発展させる何よりの動機付けになっているのかもしれません。

Thomas Ruff / NATURE MORTE
Gagosian
Text by Philip Gefter
40 pages, Fully illustrated
Softcover
152 x 203 mm
English
ISBN: 978-1-938748-19-6
2015

4,800円+税
Sorry, SOLD OUT

注釈

*1 パブリックコレクションとして収蔵されている主要な美術館の一例は以下のとおり。
■ニューヨーク:メトロポリタン美術館、ニューヨーク近代美術館(MoMA)、グッゲンハイム美術館
■ワシントンD.C.:ハーシュホーン博物館と彫刻の庭
■シカゴ:シカゴ現代美術館
■サンフランシスコ:サンフランシスコ近代美術館
■ロンドン:テート・ギャラリー(ロンドン)
■パリ:ポンピドゥー・センター
■マドリッド:ソフィア王妃芸術センター
■ベルリン:ハンブルグ駅現代美術館

*2フォトグラム
カメラの要らない技法。印画紙の上に直接被写体となるものを置いて感光させるなどの方法により作品を制作する。20世紀初頭にマン・レイやラズロ・モホリ=ナジといった面々が発展させた。