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Robert Adams / The New West

Added on by Yusuke Nakajima.

以前にも紹介しましたが、「ニュー・トポグラフィックス(=ニュートポ)」という写真史のターニングポイントともなったムーブメントがあります。今回はその立役者のひとり、Robert Adams(ロバート・アダムス、1937年 アメリカ・ニュージャージー州生まれ)の名作「The New West」が復刊されたのでご紹介します。

他のニュートポの写真家の作品と同様にアダムスの作品でも、「決定的瞬間」のようなドラマチックな展開が起こっているわけではなく、見栄えのする建築物や景観が被写体になっているわけでもありません。時折人影がみえたとしても、決して躍動感のあるようすは見受けられないのが常です。
心を揺さぶられるような要素が全く削がれたあたかも資料のような写真を目の前にした鑑賞者は、にわかに特別何かしらの感情が芽生えることはないかもしれませんが、次第にじわじわと感極まっていくような不思議な魅力を携えています。

たとえ自然の風景だろうと都市景観だろうと、彼が見据えているものは単なるランドスケープではありません。まるで時が止まってしまったかのような一連の写真は、根底に「人間と自然の境界線」という共通したテーマがあるのです。

第二次世界大戦後、アメリカには大量生産・消費の時代がやってきました。これまで更地だった郊外には巨大なショッピングモールが林立し、瞬く間にその景色が変わっていきます。経済成長にも自然礼賛にも傾倒することなく、極めて中立的なスタンスで、めまぐるしい変化の真っ只中にあるアメリカの姿を見つめているのです。

本作「The New West」の舞台は、アメリカ・コロラド州にあるロッキー山脈のお膝元に位置する街。ここは、彼がアメリカ南西部における郊外の典型とみなして記録をしていた土地です。高速道路、トラクト・ハウス(*1)、低層の社屋やサイン。こうした商業的なアイコンがもつ俗っぽい印象からは乖離され、山や野原といった自然物のごとく、この土地の地理的形状を成すいち構成要素として写しだされています。

1974年初版(Colorado Associated University Press刊)の本書は、今やウォーカー・エヴァンスの[American Photographs]やロバート・フランクの[The Americans]といった不朽の名作に匹敵するクラシックなタイトルとして広く認知され、アメリカの文化や社会を反映した写真作品における指標ともいえる名著の仲間入りを果たしたと称えられてきました。
その功績を後世に残そうと、Wealther KönigやApertureといった錚々たる出版社から再版が繰り返されてきましたが、この度初版40周年を記念して、ドイツのSteidl社より新たに再版されました。

彼とも長年にわたるパートナーシップを結んでいるSteidlですから、ただ初版を復刻させるだけでは済まされません。印刷業から出発し、現在も社内の機械を使って印刷している彼らならではの特技を活かして、不朽の名作を現代に甦らせました。
通常、モノクロ写真集というのはブラックとグレーの2色刷りで印刷されることがほとんどなのですが、本書は3色刷り印刷をしています。微細なコントラストをつけることにより、ただ淡いだけではなく確かな存在感のある光が特徴の、アダムスの作品らしい深みのある風合いがより豊かに表現できます。ちなみに、Steidlから出版されているアダムスのタイトルはほぼ、この3色刷り印刷を採用しています。2色刷り仕様の写真集と見比べてみると、柔らかな光のコントラストやアメリカ西部ならではのゆるやかな空気感が手に取るように伝わってきます。


Robert Adams / The New West
Steidl
136 pages
Tritone
Hardback / Clothbound
248 x 225 mm
English
ISBN: 978-3-86930-900-2
2016
5,900円+税

 

※注釈
*1 トラクトハウス
規格化された団地開発型戸建住宅のこと。日本の建売住宅と通じるものがある。

 

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New Topographics

Added on by Yusuke Nakajima.

第二次世界大戦後、豊かな経済と比例するようにして土地開発が推進されました。人々の生活の舞台は都市部だけでは収まりきらず、どんどん郊外へと広がっていきます。自らの住処や活動拠点を確保するために雄大な自然が広がる野原や森林を伐採し、汎用性が高く整然とした、換言すれば没個性的な建物が雨後の筍のように林立していきました。

こうした社会的にみても大きな変貌の最中にあった1975年、現代美術史においてひとつのターニングポイントにもなった、非常に意義深い写真展が開催されました。

国際写真美術館(The International Museum of Photography)で開催された「New Topographics: Photographs of a Man-Altered Landscape(ニュー・トポグラフィクス: 人間によって変えられた風景の写真)」。
本展には、以下の錚々たる顔ぶれが参加しました。
□Robert Adams(ロバート・アダムス、1937年 アメリカ・ニュージャージー州生まれ)
□Lewis Baltz(ルイス・ボルツ、1945年 アメリカ・カリフォルニア州生まれ)
□Bernd & Hilla Becher(ベルント&ヒラ・ベッヒャー、ベルント:1931年ドイツ・ジーゲン生まれ、ヒラ:1934年 ドイツ・デュッセルドルフ生まれ)
□Joe Deal(ジョー・ディール、1947年 アメリカ・カンザス州生まれ)
□Frank Gohlke(フランク・ゴールケ、1942年 アメリカ生まれ)
□Nicholas Nixon(ニコラス・ニクソン、1947年 アメリカ・ミシガン州生まれ)
□John Schott(ジョン・スコット、1944年 アメリカ生まれ)
□Stephen Shore(ステファン・ショア、1947年 アメリカ・ニューヨーク州生まれ)
□Henry Wessel, Jr.(ヘンリー・ウェッセル・ジュニア、1942年 アメリカ・ニュージャージー州生まれ)

当初は「ニュー・トポグラフィクス」というキャッチフレーズこそ生まれていなかったものの、本展を契機としてこれらのアーティストの作品を特徴付けるための言葉として浸透していきます。

ここで出展された彼らの作品の共通点とは、もとあった自然を侵食して建設された人為的な建造物のある景色が広がっているということ。
ややもすると感傷的になったり、自然回帰を声高に訴えたくなるような衝動に駆られますが、不思議なことに彼らの写真からは情感といった類の温度感がまるで伝わってきません。
表題にもなっている「Topographic(トポグラフィック)」には「地勢学」という意味がありますが、まるで地勢学の関連資料のように、極めてニュートラルな視点から捉える姿勢を徹底しています。

また、(ショアの作品を除き)基本的には人けが全くないというのも特徴に挙げられるでしょう。
人間の手によって生み出された人工物が被写体となる情景に、そのつくり手である人間が欠落している。
この作り込んだようなシチュエーションによって、なんとも言い難い不穏な空気感が募ります。

先人であるAnsel Adams(アンセル・アダムス、1902年 アメリカ・カリフォルニア州生まれ)らが表現した、あるがままの自然の姿を映し出した既存の伝統的な写真のスタイルから脱却し、写真におけるコンセプチュアルなスタイルを確立することになりました。言うなれば、この段階でパラダイム・シフト(発想の転換)が起こったのです。
ほぼ同時期に、William Eggleston(ウィリアム・エグルストン、1939年 アメリカ・テネシー州生まれ)が代名詞ともなっている「ニュー・カラー」のムーブメントと相まって、晴れて写真が現代美術界の文脈のなかに登場するに至りました。

本書は、センター・フォー・クリエイティブ・フォトグラフィー、アリゾナ大学、ジョージ・イーストマン・国際写真映画博物館の共同企画により開催された、1975年の展覧会を踏襲する写真展「New Topographics」にあわせて出版されました。
本展は、アメリカ国内(ニューヨーク、ロサンゼルス、アリゾナ、サンフランシスコ)をはじめ、オーストリア、ドイツ、オランダ、スペインを巡回しました。

1975年の写真展から抜粋した作品はもちろん、展示風景や文脈上での対比を織り交ぜた新版となる本書は、作家ごとに章立てた編集や豊かなテキストに加え、本展の写真入りチェックリストと広範囲にわたる書誌目録とを兼ね備えた巻末のアーカイブ資料が収録され、ニュー・トポグラフィクスを理解するうえで外すことのできない完成度の高い一冊です。

New Topographics
Steidl
304 pages
Book / Hardcover
300 x 400 mm
English
ISBN 978-3-86521-827-8
08/2013
※Out of print